2008.06.25 Wednesday
2008.06.22 Sunday
でんでんむしのかなしみ /新美南吉:作
一ぴきの でんでんむしが ありました。
ある ひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。
「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
この かなしみは、どう したら よいでしょう。
でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。
「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。
「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。
すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」
それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。
すると、その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。
こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。
「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。
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ある ひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。
「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
この かなしみは、どう したら よいでしょう。
でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。
「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。
「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。
すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」
それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。
すると、その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。
こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。
「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。
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2008.06.08 Sunday
今日は日曜日だった。
今日はいい天気。
たいがい日曜のお寺はいそがしいものですが、5・6月は法事や年忌が少なくわりとゆっくりです。
きょうは日曜学校で、仏足石のお話をしました。
「仏さまの足は大きくて柔らかい。どんなものを踏んでも殺すことはなありません。それどころか、踏まれた虫や草は仏様に出会ったことをとても喜びしあわせになります。だから、できるだけたくさんの人を踏んで喜ばせたいために、仏さまの足は偏平足になっています。」
蓮の花が花を咲かせる準備を始めています。今年も元気で綺麗な花を咲かせそうです。
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2008.06.03 Tuesday
長崎教区 秋安居(しゅあんご)
この一年の教区での大きな行事、安居が終了しました。
去年が長崎市の長崎教務所であったので、今回の依所は佐世保別院で行うことになりました。
長崎の安居は泊まり込みで3日間あります。
もちろん、それぞれが各寺の法務や留守番があったりするので、全員というわけにはいきませんが、全50ヵ寺のうち7割ほどのお寺のお坊さんが集まります。
初めて顔を合わせる人や、安居のときにしか顔を合わせない人も中にはいます。
講師、延塚知道師の講義も今講で一応一区切り。
さすがに三年目ということもあってか、これまでで一番の熱気を感じました。
めったに泊まり込んでまで勉強をする機会がないので、この秋安居は楽しみです。
質問も飛び交いとても有意義なすてきな講義だったとおもいます。
講題『「浄土論註」と「教行信証」』とし、計六講義で菩薩の十地と煩悩の話から、往還二回向の話に及びました。
この長崎教区の安居は明治の後半に『夏季講習』という勉強会としてはじまりました。当時の講師は清沢満之の門下生、浩々洞のメンバーが講師にきていたそうです。それから戦後にはいって秋安居と名前を変え、大谷派の安居とは違った独自のスタイルで行ってきたようです。講師にはその当時の重鎮と言われる人たちが来られていたようです。
金子大栄・曽我量深・暁烏敏・安田理深などなどの諸師が何年か交代で入れ替わりながら長崎までお話にきていたといわれています。いまや長崎教区の伝統となっています。
安田先生は、「曽我さんから言われました。君は長崎に行ってください。あそこは全員が威儀をただして墨袈裟を着て講義を聞きにきます。」と言われてきたんです。ということを言っていたそうです。
この時期になると、各寺の住職・若院・役僧・坊守がそれぞれ万障繰り合わせて三日間の安居で膝を突き合わせ、勉強にお酒(?)に、修行に励みます。
台所では朝・昼・晩の三食婦人会の方に作っていただきました。ありがとうございました。
荘厳の華とお華足も門徒の方につくっていただきました。ありがとうございます。
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去年が長崎市の長崎教務所であったので、今回の依所は佐世保別院で行うことになりました。
長崎の安居は泊まり込みで3日間あります。
もちろん、それぞれが各寺の法務や留守番があったりするので、全員というわけにはいきませんが、全50ヵ寺のうち7割ほどのお寺のお坊さんが集まります。
初めて顔を合わせる人や、安居のときにしか顔を合わせない人も中にはいます。
講師、延塚知道師の講義も今講で一応一区切り。
さすがに三年目ということもあってか、これまでで一番の熱気を感じました。
めったに泊まり込んでまで勉強をする機会がないので、この秋安居は楽しみです。
質問も飛び交いとても有意義なすてきな講義だったとおもいます。
講題『「浄土論註」と「教行信証」』とし、計六講義で菩薩の十地と煩悩の話から、往還二回向の話に及びました。
この長崎教区の安居は明治の後半に『夏季講習』という勉強会としてはじまりました。当時の講師は清沢満之の門下生、浩々洞のメンバーが講師にきていたそうです。それから戦後にはいって秋安居と名前を変え、大谷派の安居とは違った独自のスタイルで行ってきたようです。講師にはその当時の重鎮と言われる人たちが来られていたようです。
金子大栄・曽我量深・暁烏敏・安田理深などなどの諸師が何年か交代で入れ替わりながら長崎までお話にきていたといわれています。いまや長崎教区の伝統となっています。
安田先生は、「曽我さんから言われました。君は長崎に行ってください。あそこは全員が威儀をただして墨袈裟を着て講義を聞きにきます。」と言われてきたんです。ということを言っていたそうです。
この時期になると、各寺の住職・若院・役僧・坊守がそれぞれ万障繰り合わせて三日間の安居で膝を突き合わせ、勉強にお酒(?)に、修行に励みます。
台所では朝・昼・晩の三食婦人会の方に作っていただきました。ありがとうございました。
荘厳の華とお華足も門徒の方につくっていただきました。ありがとうございます。
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