総代・講頭(こうがしら)総会

今日は2時から萬行寺の決算報告と下半期の計画報告の日です。
各地区の講頭が一同に会しての萬行寺総会でした。






帰敬式レポート

今日は、老若男女、総勢112名の方が帰敬式を受式、なかには萬行寺以外のお寺からも話を聞いて遠方から来て受式された方もいました。


この帰敬式は、約1年がかりで準備し、やっとこの日をむかえました。
前の実施は9年前の『蓮如上人ご遠忌』のとき、その時には140人が受式しました。

今回の式は、午前と午後との2回。半分に分けて式を行いました。

まずは受付と駐車場係が大活躍。
受付1


受付2



いろいろと混雑が予想されましたが各地域別3カ所に分けて受け付けたのでスムーズにすみ、まずは帰敬式についての心構えと意義、そしてお勤めの作法、念珠のかけ方、肩絹の掛け方などを簡単に説明したり、受式にあたっての注意事項を庫裏で説明しました。

みなさん、自分の他にも沢山の受式者がいたので、驚かれていた人もいました。

説明1


説明2


説明3


説明5肩ギヌ



説明がすむと、随時入堂。
付き添いの方は濡れ縁で見学です。

入堂


名前順に座っていきます。

入場1


いよいよ式が始まります。
みな緊張した面持ちです。

テイトウの義1


入堂2


一人一人に刃のない剃刀を頭にあて、「南無帰依仏・南無帰依法・南無帰依僧」と称えながら住職が三回ずつ剃刃していきます。

ていとう1

これは、三つの髻(もとどり)を裁(き)るという意味があります。
その髻とは、

1)他人より自分の方が優れているというふうに自惚れる心          (勝他)
2)他人と差をつけることで、人に褒められ、良い人と呼ばれたいという心   (名聞)
3)他人の手柄を自分のものにしようという心                (利養)

を落とすという意味。

それから、

(自分の姿をおしえてくれる者を敬う)
(釈尊・諸仏のことばを拠り所にする)
(教えを一生の拠り所として生きる仲間を大事にする)

の『三宝に帰依する』という二つの意味があります。

ていとう2


ていとう3


ていとう4


ていとう5


ていとう6

ていとう7


「剃頭の儀」が終わると、一人一人に住職から法名が授与されます。
このときまで受式者は自分の法名は解りません。

授与1


授与2(男の子)

授与3(女の子)

授与4

授与5(男の子2)

授与6

授与7


受式者代表のことば
受式者のことば





その後は勤行。不慣れな人もいたようですが、大きな声が聞こえていました。
なかには、お勤めは声に出してするものということを知った人もいたのではないでしょうか。

勤行1










住職のおはなし

 今回みなさんが受式されました「帰敬式」は、真宗門徒にとってとても大事な式です。
今日みなさんは、お釈迦さまと阿弥陀如来のまえで「真宗門徒となります」。「仏・法・僧の三宝に帰依します」と誓いを立てて新たに生まれ変わったのです。

わたしは人は人生の中で、3度生まれ変わるのではないかとおもっています。
1回目は、この世(娑婆)に生を受ける。これは人生の苦悩を背負い込むこと。
2回目は、それでも、生きる意味と生まれた意義を見つけ、これまでとは違うわたしに新しく生まれ変わるとき。
3回目は、この世の命を終えて”真実の国”(差別や殺戮や生きる苦しみのない世界)に生まれること。
だろうとおもいます。きょうは2番目の人生の出発の日です。

どうかこの法名をおぼえてください。
そして大事にしてください。

よくある話ですが、仏壇の奥にしまってどこにあるのかわからないなどということのないようにおねがいいたします。「たしかに帰敬式を受けたんだけど、法名がわからない」よいうことはよくあります、ですから家族のおられる方はこの法名のことをお家に帰ったらみんなで話題にしてください。
おそらく読み方が難しいということが多いのではないかと思います。
読み方が解らない人はお寺に訪ねたり、おまいりに来たお坊さんにぜひ尋ねたりしてそこでも話題にしてください。

例えば、手紙を書くさいにペンネームとして”釈○○”と書いてもいいですし、ある人は墓を新しく建立したときの建立者の銘に法名を彫られた方もおられます。

日々の暮らしの中に”どうかこの人生を虚しく終わらせないで欲しい”というほとけさまの願いがわたしの名前にまでなっているとということを忘れないようにしてください。

本日はおめでとうございます。





その後は、恩徳讃唱和をしておしまいです。
恩徳讃斉唱


午後とのいれかえです。
食事2

※写真は、午後と午前を混ぜて転用しています。

秋期 彼岸会 (しゅうきひがんえ)

無事に終わりました。
明日はいよいよ「帰敬式」です。

参詣人

後堂

くつ











その後は帰敬式の準備。受式者名の確認。
準備

準備2

彼岸の準備

今日はお磨きでした。今回の担当地区は浜田です。







磨く前と磨いた後を比較してみました。
お磨き 使用前 使用後こんなに違うんです。写真でわかるかな?

磨くと奇麗になりますよ
一ヶ月程度でこれぐらいは汚れますよ。これは磨いた部分と磨かなかった部分。

























午後からは、同朋新聞の取材のため、福田の西光寺におじゃましました。

西光寺カレンダー

か




こちらも彼岸会の準備で華方が仏華をいけていました。
西光寺華方


今日の取材は、同朋新聞。
西原くん到着
彼は京都から23日かかって長崎まで歩いて帰って来ました。
今日はその終着点、西光寺に着く日です。
最終日は諫早からスタート。
この日は一緒にお父さんと二人であるきました。



まずは阿弥陀如来に報告。

その後、住職に到着の挨拶。
あしはマメだらけで、なんども歩くのを辞めようと思ったそうです。
自分との闘いだったようです。
住職曰く、「たくましくなった。彼に大事なことを教わった。」といっていました。

話を聞くと、色々な人に逢ったり、キツかったりしたようですが、いい経験をしたようです。

今日の萬行寺

永代納骨廟(仮名)も少しづつできて来ています。











庫裏の屋根の横柱がむき出しのために、風雨に曝されだいぶ傷んでいました。その横柱の保護です。

秋季 彼岸会御案内

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   浄土真宗の信心とは、「苦しみをなくしてくだ           
さい」と祈る依頼心ではありません。          
  この苦悩するわれを、如来はすでに信じていて             
  くださっていたと知る。
  その感動がすなわち「信心」です。

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    暑さの厳しかった季節も過ぎ、聞法の秋を迎かえました。
    特に今回は帰敬式法要も計画して、左記の通り勤めます。
    どうぞご参詣くださいますようご案内いたします。

      記

   ◆期 日 九月二十日(木曜日)日中から
          二十三日(日曜日)逮夜まで
 
          二十四日(月曜日)帰敬式法要
          
   ◆時 間 日中 午前十時から
        逮夜 午後七時半から

 ◆法 話 二十日と二十一日 清原昌也師(崎戸・信行寺若院)
       二十二日と二十三日 萬行寺住職

     平成十九年九月
                 真宗大谷派 萬 行 寺
                             御門徒各位

町で一番の松の木

時津町には樹齢200年をこす松の木があります。
それは祐徳稲荷神社と萬行寺にあります。
この木は萬行寺のシンボルです。
昔はもっと沢山あったようですが、枯れてしまったり、病気になってしまい切られたものもあるようです。
どれも木も老木になってきていますが、まだまだ元気に生きています。
植物は嫌だと言って生きることを決してやめません。生命力というものは凄いものだなと感じます。


ということで、昨日はそのとが松の枝の剪定をしました。
といっても梯子で届くようなレベルの木ではないので、大型クレーン車を使っての高所作業になりました。













ときどき叩き付けるような雨が降ったりと色々ありましたが、半日かかって作業は終わりました。
おつかれさまでした。


『真の勝利』

  勝利から敵意が生ずる。征服された者は、苦しんで横たわる。
   静寂なる人は勝敗を離れ、安らかなに横たわる。
                           『法句経』第二〇二偈




     1〈今日の状況〉
 今日の日本はどういう時代かと云えば、「競争社会」であると云った人があります。勝ち組と負け組によって格差がはなはだしい社会ということを云っているようです。勝った者はどこまでもうまくやれるが、その陰に敗退した者の悲しみが満ちている。競争についてゆけない〈ニート〉や、〈フリーター〉といわれる、行き場を失った人々が増えているのも競争社会がつくりだした闇です。
 この格差社会の闇の底は、明るいほうからは見えません。貧困に苦しむひとの悲しみは繁栄に酔いしれている者の目では見えないということです。
 一方、繁栄に酔いしれている人が本当に安らかで幸福であろうか。恵まれないで行き場を失った人々の悲しみが感じられない者の繁栄の喜びは本当の喜びではないということがあるのではないでしょうか。むしろそれは空しい喜びであり、さびしい幸せにすぎないのではないか。新聞を読んでいると、そういうことに思いが馳せられます。


      2〈底知れぬ人間の闇〉
 冒頭の『法句経』の語は仏陀の身に起こった悲劇と関連があるように以前から思っていました。
 釈迦が太子として生まれ育った釈迦族の都城は、隣のコーサラ国から常に脅かされていました。そのなかで仏陀はいつも、「決して抵抗してはならぬ」と人々に教えていました。仏陀が招かれて故郷に教化のために帰城していたある日、釈迦族に怨みを持っていた隣国のビルリ王が率いるコーサラの軍隊が釈迦族の都城カピラバッツへ向かっています。
 仏陀は枯れ木の下に立ってそれを見ていました。「あなたはなぜそんなところに立っているのですか、他にも生い茂った木はたくさんあるというのに。」とビルリ王が訊ねると、「王よ、親族の陰は涼しいものです」と答えた。それを聞いた軍勢は仏陀の意中を察してひき返してゆきました。後日、それでも軍隊は行軍してきます。仏陀はまた枯れ木の下に立っていて、やはり「親族の陰は涼しい」と云います。また三度目も同じく、ビルリ王は仏陀の心情を察して進撃を止めてもどってゆきました。
 そして四度目、コーサラ国の軍勢が攻めてきたとき、釈迦族の中にシャマという若く血気盛んな若者がいて、仏陀に教えられていたにもかかわらず、弓をもって迎え撃って抵抗し、戦いを挑んでしまった。釈迦族の長老はシャマを呼んで、厳しく叱責したが、時は遅く、軍隊は城の門を突破して侵略し、女、年寄り、子供までも虐殺し、穴を掘って埋め、その上を象の群れで踏み固めてしまいました。


        3〈平和のための戦争〉
 こうして木陰の涼しさのように愛と安らぎを与えてくれた故郷の国が滅亡してしまったのです。自国を征服された人民の痛みは敵意へと化するものです。
 例えば今日頻発している自爆テロは敵意と怨念から起こる、勝者への報復でしょう。武力による勝利は武力による報復を生みます。今日の世界情況は、報復の連鎖から解放できない闇を抱えています。こうして「平和のための戦争」がたえまなく生じています。このような人間の行為がいかに痛ましいか。人々と共に苦悩した仏陀は《勝利から敵意が生ずる。征服された者は、苦しんで横たわる。》とつぶやかれました。

        4〈報復の断念〉
 すなわち仏陀は「報復」を正義としなかった。そしてこう独語する。《静寂なる人は勝敗を離れ、安らかに横たわる。》これは、征服された悲しみを抱いていながらも怨みをもって報復することを断念するにいたるまでの苦闘の厳しさを、切々と語る仏陀の慈悲であるように感じます。そして人間というものは容易に報復を断念することはきわめて難しいということを自覚せしめていることがうかがえます。
 すなわち報復を正義とする自我との苦闘の末に、ついに断念にまで到達した者の、静寂で安らかな境地のことばです。仏陀にとって、怨みをもって報復に燃えようとする国民への教化も至難な仕事であったろうと思いますが、その困難を超えて、ついに国民と共に「自己」に勝った。これは武力による勝利とは次元がちがう勝利です。これこそが真の勝利でありましょう。滅ぼされた国の仏陀の教えであるからこそ永遠に、時空を越えて人々の人生観を深める「法」となって、今に伝わっているのです。
   住職:記


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