内装工事報告

一部をのぞいて内装工事は終わりました。
写真はその時の様子です。







井戸さらい/徳風編集会議

萬行寺には、「亀水山」という山号があります。



今日は、その山号の由来にまつわるといわれている井戸を開けて水抜きをしました。

この井戸は、江戸時代の初期ごろ掘られたもので、いだに大事な生活水として使われていて一度も枯れたことはありません。 水は一応、飲めます。

25年ほど前の長崎大水害で断水した時も周辺の人の生活水として大活躍しました。

およそ8〜9メートルちかくある穴は、周りを漆喰のようなものでしっかり固められていて、当時の掘削の苦労と、仕事の丁寧さを思わせます。




写真ではわかりづらいけど結構深い。



まずは消防車のポンプで水を吸い上げ、後はウインチを使ってバケツリレーです。



30分ほどで水源が見えてきました。
思っていたより、水はきれいで、次々に水が出て来ていました。
明日中にはいっぱいになるでしょう。
なんの問題もなく作業はおしまい。
いつもは蓋をしている萬行寺の水瓶をはじめてマジマジとみました。




夕方からは寺報「徳風」の編集会議。
ひとり欠席。

いよいよ編集も大詰め。
記事が全て出そろい、後は記事に目を通し、誤字脱字や表現のおかしい言葉などのチェック。レイアウトのチェックをするところまできました。
あと一息で入稿です。

「ここのところ、どうかな〜」





編集長のチェックが入る↓


文章構成チェックなんかしたりして。


8月のスケジュール。

お盆も終わり、一段落。
今度は、寺報『徳風』の編集が大詰めに差し掛かって来ました。
帰敬式に向けての日程表の発送や、勉強会と色々あります。
それから、22/23日と1組の児童大会でキャンプです。
あいかわらず話題はあります。一応・・・。

本堂の工事も、畳が入り一段落のようです。

それから、境内横の墓場では、永代納骨廟(仮名称)の建設も始まっています。
最近では、自分がいなくなったあと、お骨を引き取ってくれる人がいない、葬ってくれる家族ががいないなど、将来に不安を抱える人が急増しています。(これも核家族化の影響ではないかと思います)
そういった方のためのお墓を9月に完成予定です。
そういった情報も随時更新していきます。

8月15日という日

仏陀は言われる。

勝利から敵意が生ずる。
征服された者は、苦しんで横たわる。
静寂なる人は勝敗を離れ、安らかなに横たわる。
               
                                『法句経』第202偈

 今日の日本はどういう時代であるかといえば、「競争社会」と云われる。勝った者は勝利を誇っているが、その陰には敗退した者の悲しみが満ちている。競争についてゆけない〈ニート〉や、〈フリーター〉といわれる行き場を失った人々の、格差社会の闇は、明るいほうからは見えない。貧困に苦しむひとの悲しみは繁栄に酔いしれる者の目には見えない。一方、繁栄に酔いしれている人が本当に幸福であろうか。新聞を読んでいると、そういうことに思いが馳せられる。

 仏陀はまさにこの勝利と敗退によって生じた貧困と繁栄の双方を見た。
 仏陀が太子として生まれ育った釈迦族の都城はコーサラ国から侵略され、象の軍隊に踏みつぶされてしまった。自国を征服され、《勝利から敵意が生ずる。征服された者は、苦しんで横たわる。》こうつぶやく仏陀の悲しみはいかほどであったろう。しかし仏陀は「報復」をしなかった。そしてこう独語する。

静寂なる人は勝敗を離れ、安らかなに横たわる。

 この言葉は、征服された悲しみを超えて、報復を断念するまでの苦闘の末に、仏陀がついに到達したことばである。怨みをもって報復に燃えようとする愚かな「自己」に勝った。これこそが真の勝利である。武力による勝利とは次元がちがう、真実の勝利である。
 報復は次の戦争の起因となって、また次の戦争を生み出す。すなわち正義としての報復は、限りなく終わりのない紛争を生み出す。
 日本が過去の戦争によって作った罪の懺悔として定めた、憲法第九条は「戦争放棄」の宣誓である。
 いま、我が国はこの憲法を変えようという危機的時代にさしかかっている。 でも仏教徒としてこれだけは護らねばならない。 そこには「軍備の放棄と交戦権の否認」が定められているからだ。

条文は左記の通りです。 

<日本国憲法第九条>
1  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

            ー寺報『徳風』によせてー
                                      住職:記

続きを読む >>

お盆です

長崎のお盆はとても賑やかです。
大陸の影響で、道教の習慣が根強く、長崎では夕方になるとお墓にたくさんの提灯を点し、家族揃って墓で花火をして賑やかに過ごします。
ちなみに、長崎は火薬の消費量は全国一でこの3日間でそのほとんどが使われるのではないかと思います。

夕方、7時からお勤めがあります。今回は本堂が工事中ですので、庫裏でおこなっています。
どうぞお参りください。






本文からはそれますが、『迷信』という言葉の成り立ちと、言葉の意味を辞書で調べると、興味深いことが書いてありました。

『迷』
めい、べい、まよう、まよい、まよわす。

これは道路を歩いているということ、米は昧・未の意味と同じで、「はっきりしない」「定まらぬ」ということを表しているということです。
韓非子の解老編に「凡そ行かんと欲する路を失ふて、妄みだりに行くことを”迷”と為す」とあります。

ちなみに、『迷途』とはいきかたを誤るという意味。

これはつまり、われわれは、本来行かなければいけない路を見失い。そのことが解決もしていないのにその曖昧な志で道を妄りに歩いているということです。これは行き先がはっきりしていない。道が定まっていないということです。


『信』
人をして言を伝えしめる
言(古文では心の声)の言葉に従う人の意味。
人の声、身の声、つまり”内と外の声”と重なるという意味を加えると「信」になる。
                                 →嘘を言わないの意。
これは、自分の心と周りの言葉が一致することを表していると書かれていました。



 これを総合すると、『迷信』という言葉は、どの意見も自分の生き方の指針にはならず、誰に従えばいいのかもわからず、ただ路を歩いている。ということにならないでしょうか。

 現代は自分の力で生きていくことを美徳とする時代です。そういうことを正しいと信じてしまえば、自分以外のものに従うということは当然、受けいれられなくなります。
しかし、どんなに時代が変わっても、人のこころは「真実の王」を求めています。こころから、本当にこころから信頼できる王を欲しているのです。

 自分の心を信じるだけでは、人間は不完全ですから、必ずどこかで破綻してしまいます。
そのとき、自分を助けてくれる、支えてくれる周りの声を素直に受け入れられるかが大事になってきます。
その声が聞こえ、「自分が歩いてきた路はこれで良かったのだ」と人生の歩みに安心できることが大切です。
迷信とは、そういったことに出逢えないどころか、かえってその悩みや苦しみを増長させ、さらに深い迷い路にはまってしまう状態をいうのではないかと思います。

そして、迷えば迷うほど、真実から遠ざかり、もはやそれが真実でないと判っていても、偽物を真実としか思えなくなってしまうのでしょう。


           
                                         大攝

非核非戦の一日

晴れ蝉たちが力一杯鳴いて今日も賑やかな一日だ。
8月9日に雨が降ったという記憶はない。
きっと62年前の今日も同じような、うだるような猛暑だったのでしょう。


11時2分、鐘をつく。 それ!国豊安民 兵戈無用  正覚大音響流十方!←これ梵鐘の銘

そんな暑さの中、長崎教務所において「非核非戦 -共に生きよ-」というテーマで法要が厳修されました。



62年前に焼き尽くされた荒野に横たわっていた身元のわからない遺骨。一説には二万人とも、三万人ともいわれるおびただしい数の遺骨は、当時の門徒たちの手で長崎市内のいたるところから長崎教務所に集められ、非核非戦の碑の中に納められています。







その碑の前で勤行。

その後本堂で阿弥陀経を読授。




 その中で、6月に就任したばかりの教務所長が表白を読みあげました。
「思うに核兵器の出現は、人間の無明の闇を露呈した知性の悲劇であります。我々は今、寂(ひそか)に「非核非戦」と呼びかけられ、「※兵戈無用(ひょうがむよう)の世界に共に生きよ」との災死者の叫びを、この時代のただ中で能(よ)く聞き開くべきであります。
 今日の人間の危機は物欲の尽きることのない自我に迷わされて仏智を疑い、帰依三宝の生活を失ったことにあります。この危機に気付く時は、今を措いてありません。願わくは、相共に聞法精進して、本願のまことを聞思する御同朋御同行の僧伽(さんが)が形成されんことを仏祖の威徳を讃え、敬って申し上げます。」
                ※兵隊や武器を持っていても、戦が起こらないので用をなさない状態。
講師は、第二組真連寺住職の寺本温氏。



寺本氏は講題を『善としての平和から真の平和へ』とし、「自分を善とし、他を悪と思う独善の知恵が迷いであって、その迷いに気付かない平和主義が、人間の無明の闇をますます深くしている。
みな平和を願っているが、事実は自らが建てた平和を善とし、その平和を脅かすものに対しては悪と決めつけ、徹底的に攻撃する。こうして我々の自我を中心とした罪福信、
が最終的には原爆を落さしめることとなった。」というお話がありました。

62年前の夏は蝉さえも鳴かない猛烈な夏だったと伝えられています。累々と広がる悲しみに満ちた荒野の中で、名もなき遺骨の主達は何を見、何を感じたのでしょうか。
原発、大臣の失言、政治不信、格差社会、環境破壊・・・・・。そんな行き場を失ったかのような今日の状況を思えば、今まさに非核非戦の碑に刻まれた銘が、真実に「共に生きよ」と我々に獅子吼しているのでしょう。



続きを読む >>

1日 本堂内装工事

見る今日は一日暑い日でした。
台風が接近しているようで、恵みの雨と言いたいところですが、台風となると話は別です。
東北でも梅雨明けのニュースを観ました。
全国的にはいよいよ夏真っ盛りです。

遅くなりましたが、本堂の内装工事の初日の様子を載せておきます。
  ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
 

続きを読む >>
1