報恩講 結願(最終日)

ラストスパートは結構ハードです。昨日と連日で疲れもピークですが、これが最後だと思うと元気が出ます。

最終日は参詣者全員に御斎(おとき)が振る舞われ、全員で後片付けがあります。

最終日は七条袈裟をつけてお参りいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

式次第
<結願日中>10:00~12:00

  登高座

  嘆徳文
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三
  和讃     『三朝浄土の大師等』(三首引)
  廻向     願以此功徳
  御文     御俗抄
 

どうぞ、お参りください。

 

 

報恩講6日目 大逮夜 入楽

今夜は大逮夜です。『大逮夜(おおたいや)』は最後の逮夜勤めでご命日の前日の午後におつとめします。真宗本廟では11月27日の午後のお勤めがそれです。萬行寺では1月に勤めていますので実質上、1月27日の7:30からお勤めするタイヤがそれに当たります。今日の終了時間は21:30までとなっておりますのでご留意ください。

ご法中(お勤めされるお坊さんたち)がたくさん見えられ、雅楽も入って賑々しくお勤めがあがりまります。雅楽の演奏は長崎教区の声明会、『自然相和会(じねんそうわかい)』に毎年演奏をお願いしています。これまで雅楽が入ってのお勤めは12年以上は続けてきたでしょうかまだまだ認知度が低く御門徒には浸透していません。遅々たる歩みではありますがそれでもジリジリと参詣は増えつつある傾向にあります。もっと知っていただきたいとは思います。

雅楽と聞くと、日本の宮廷音楽というイメージもあるでしょうか。何か平安貴族の優雅な感じ。あるいは神社のイメージが強いようですが、インド伝来の仏教音楽が本来です。それも浄土の壮大なイメージを再現するのに最適な音楽であったことから好んで浄土の情景を表現する音楽として古来より好まれてきたという背景があります。

昨今ではテレビを見ると、神社などの儀式やお祭りなどで耳にする機会が多いのでお寺で雅楽と聞くとイメージがわかない人が多いのも事実です。そこで「雅楽は仏教伝来の音楽ですよ」というと、私の周りでは首をかしげる人がほとんどですが「正倉院」などの宝物殿に入っている雅楽の楽器はお寺の法要のために輸入されたものですよ」ということを言うと「ああ、確かに正倉院はお寺にありますものね」と言う答えが返ってきます。

「雅楽楽器」の画像検索結果右の写真は『笙(しょう)』といい、なんとも言えない音色の楽器で、和音を可奏でることができる不思議な楽器です。雅楽の世界観を表現する中で、あまり表に出る楽器ではないですが、なくてはならない一番の立役者だと思います。

雅楽はこの笙に依るところが大きいのではないでしょうか。吹いてもは吸っても音が出て常に音を鳴らし続けることができます。現代音楽で例えるならばシンセサイザー的な役割も果たします。素材は竹でできていて火鉢などで温めながら使用します。

 

 

 

「雅楽楽器」の画像検索結果次の楽器は『龍笛(りゅうてき)』といい、西洋の楽器でいえばフルートのような楽器です。もちろん木管楽器ですので柔らかい音色です。有名なところでいえば「牛若丸」こと源義経が京都の五条の橋の上で弁慶との出会った時の物語の中で義経が吹いていたものは篠笛と言われていますが、龍笛の名手でもあるとも聞いたことがあります。また『平家物語』多く登場する笛です。この笛の手入れは他の楽器に比べると比較的に扱いやすいのが特徴のようです。

 

 

 

「雅楽楽器」の画像検索結果
最後は『篳篥(ひちりき)』。この楽器は縦笛で盧舌(ろぜつ)といういわゆる「リード」がついてる笛です。盧舌はお茶などで湿らせて使い特徴的な音で三菅の中では一番小さいですが、その割には一番大きな音が出ます。リード楽器なので一番目立つ楽器でしょうか。
大まかですが最低この三管が揃っていなければ演奏にならないようです。
そのほかには
「雅楽楽器 かっこ」の画像検索結果
『鞨鼓(かっこ)』
「雅楽楽器 しょうこ」の画像検索結果鉦鼓(しょうこ)
「雅楽楽器 しょうこ」の画像検索結果
『楽太鼓』などがあります。
今晩の御法話は老院です。
27日は親鸞聖人が御遷化される前日ということで『お通夜』と言われています。そこでおやつとして少しばかりの赤飯やお茶などを出して歌などをうたってお楽しみを行います。

報恩講6日目 日中

ようやく終わりが見えて大詰めに迫ってきました。終わりとなると寂しいもので、もっと頑張ればよかったと後悔ばかりです。

さて、今日の日中(10:00〜12:00)のご法話は御法話は役僧の此松 純劫師。

 

今回のテーマ『聖人一流の御勧化』は親鸞聖人につながる浄土教の「一つの流れ」であるという見方もあります。

七高僧から親鸞聖人へ。親鸞聖人から私への流れがあります。その中にある私はその教えを誰からどのように受けとめて、これから誰にどのような形で伝えていこうとしているのか。このことが大事です。そこに私にまで伝わってきた教えがあるのでしょう。

 

 

 

報恩講 5日目

終盤に入りました。昨日が中日で大忙しでした。いよいよ明日の晩は大逮夜です。

報恩講の一番の立役者、厨房は毎日フル活動。いよいよ明日からラストスパート、怒涛の二日間に入ります。

したがって今日はそんな忙しい中でも谷間の一日。

昨晩と明日に比べると少しだけゆっくりです。

 

今回の報恩講のテーマ『聖人一流の御勧化』。親鸞聖人の一流を汲む浄土真宗とはどのような教えを説いてきたのか、その流れを汲む我々の先達はその教えをどのように受け取ってきたのかと尋ねていきたいと思います。

 

本日、日中のご法話は役僧の林田師。

 

逮夜は萬行寺衆徒(所属の僧分)の牛島師です。

 

 

 

 

報恩講 中逮夜 (4日目)

 

中日(ちゅうにち)の晩の座を中逮夜といいます。お芝居では中日(なかび)のソワレというのだそうです。本来の逮夜は午後の1時ごろや一時半ごろがですが、ここ萬行寺ではいつ頃この時間に勤まるようになったのかわかりませんが昔から7:30から勤まっています。お寺によって時間も勤め方も様々な工夫がされています。

萬行寺は全日程を一日二回(晨朝も合わせると3回)勤めています。

御伝鈔は、『本願寺聖人伝絵』(ほんがんじしょうにんでんね)と言われ、宗祖親鸞聖人の生涯をつづった絵巻物のことで、親鸞聖人の曾孫にあたる本願寺第3世の覚如上人の著作で上下巻からなる絵巻です。文章を『御伝鈔』(ごでんしょう)といい、絵巻を「御絵伝」(ごえでん)という。その絵伝は余間に掛け、『御伝鈔』を拝読する伝統があります。萬行寺では隔年ごとに上下巻を拝読しています。

 蝋燭と御伝鈔を載せた机が厳かな雰囲気で運ばれて来ます。これもいつの頃からか始まった伝統で、多くの人に協力してもらいながら勤めてきました。

毎年このようにしています。どうぞお参りください。

 

 

装束の裃をつけて運んできてもらいます。御門徒さんに手伝ってもらっています。

毎年の光景ですが、手伝っていただく門徒さんのセリフは一様に「遠山の金さんみたいだな」と言われます。今時こんな装束をつけることは滅多にないので帰って楽しいかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の拝読者は役僧さんの三澤さんです。

今年は上巻が拝読されます。覚如上人はこの御伝鈔を  才で書かれました。とても格調が高く、親鸞聖人の行実がわかるのはこの御伝鈔も一つの手がかりになります。少々脚色されているところもあると聞いていますが、おおよそ当時の人々の聖人を慕う気持ちや考え、または生活の様子も垣間見られます。

古い文体で書かれていて、聞いただけでは分かりにくい言葉もありますが、雰囲気を十分に多能できるとてもいいお聖教です。

報恩講らしさを感じるにはこの御伝鈔が一番最適ではないかと思います。去年はスライドでタイトルを出したりと工夫をしました。しかし、格調高い御伝鈔を堪能するためにはまだ熟慮してだそうでということで例年の通りで行うことにしています。

どうぞ、お参りください。

 

御伝鈔拝読の次は「絵解き」も役僧の三澤師。

御伝鈔の絵伝を使っての絵解きがあります。

普段見ることのできない絵伝を見ることができるのはこの時だけです。

 

 

 

 

報恩講 中日中(4日目)

 一週間の法要であれば、初・中・結に参るのが作法のようです。ただ初・中・結だけお参りすればいいのではなく、初日・中日・結願の三回はお参りすべきだと言われています。

法要や法事は、重んずべき法要ほど大切に丁寧に勤められます。

 報恩講は真宗門徒がお勤めする法要の中でも、最も肝要であるといわれています。その重要さは自分たちの血縁の法事や葬儀よりも重要視されています。

それだけ大切な法要ですから準備やお勤めも手数が多くなり、勤められる時間や期間も他の法要に比べて長くなっています。したがって本堂や各家庭におけるお内仏の荘厳もフル装備です。それなりの重さを持って大切に大事に勤められるのが報恩講です。

その中でも初日・中日・結願の三日間は特に重い儀式でも如来のみ教えが讃嘆されます。

式次第
<晨朝> 7:00~
  文類正信偈  草四句目下
  念仏讃    濁三
  和讃     『本師龍樹菩薩は』
  廻向     世尊我一心
  御文     「三箇条」

式次第
<中日中>10:00~
  文類正信偈  文類正信偈 行四句目下
  念仏讃    濁五三

和讃     『生死の苦海ほとりなし』
  廻向     願以此功徳
         『改悔文』   

 

夜は7:30から始まります。今日は『御伝鈔』がつとまります。


   

報恩講3日目

3日目
<晨朝>7:00
先、総 礼
次、文類正信偈 草四句目下     六〇丁右
次、念 仏   濁三
次、和 讃(浄土 九)
 初重「尊者阿難座よりたち」   一六五丁右
 二重「大寂定にいりたまひ」   一六六丁右
 三重「彌陀成佛のこのかたは」  一六七丁右
次、廻 向   世尊我一心    一〇七丁左
次、御 文 「大阪建立」    四帖目十五通
次、総 礼

 

朝の本堂。冷たい空気の中で御拝口の戸を開けると、東から昇ってくる朝日が堂内に入り込んでご本尊を照らしだします。

<日中>10:00〜12:00
先、総 礼
次、文類正信偈 行四句目下
次、念仏讃   濁五三 
次、和 讃(浄土 十)
  初重 無碍光佛のひかりには
  二重 眞實信心うるひとは
  三重 至心發願欲生と
   念仏 五遍反
次、廻 向   願以此功徳
次、改悔文
次、総 礼
次、真宗宗歌
次、法 話 
次、恩徳讃
次、総 礼

 


<中逮夜>19:30〜
先、総 礼
次、真宗宗歌
次、正信偈   真四句目下      
次、念仏讃   濁 五 
次、和 讃(浄土 十四)
    初重「十方微塵世界の    
    二重「十方恒沙の諸佛は   
    三重「五濁悪時悪世界    
    念  仏  五遍反
次、廻 向   我説彼尊功徳事  
次、改悔文
次、総 礼
次、真宗宗歌
次、法 話
次、恩徳讃
次、総 礼

ともに法話は岡本英夫先生です。

報恩講2日目

2日目です。

本日の日中から法話はご講師の岡本先生(島根県浜田市 徳泉寺住職)です。

報恩講は真宗門徒にとって一番大事な仏事です。

報恩講をお勤めするのが真宗寺院の特質でもあり、肝要でもあります。

「報恩講」とは、どのようなことが願われている法要なのかというとを私なりに考えてみました。

 

―〜弔箸靴討痢嵜二太賛諭廚砲△λ〕

 ・宗祖にあうということは「浄土真宗に遇う」ということ

 ・親鸞聖人を通して念仏の教えに生きた人々に出遇う。

 ・親鸞聖人を通して人間にであう。

◆嵎鷁弦屐廚浄土真宗再興の法要であること

 ・追善の仏事ではなく、報恩の仏事であるということ。

 ・報恩の仏事が浄土真宗の仏事の肝要であること。

真宗の歴史そのものであるということ

 ・報恩講を勤めることが真宗門徒のつとめであるということ

 ・報恩講が「浄土真宗」を表現しているということ

であると言っていいのではないでしょうか。


 

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報恩講初日

いよいよ初日を迎えました。
報恩講は一年で一番寒い時期に務まる法要なだけに、ただただ心配なのは参詣があるのかということです。おまけにインフルエンザが流行中でベテランの同行さんの欠席が相次ぎました。みなさん風邪だけはくれぐれも注意しましょう。

かく言う私もお勤めするスタッフも風邪に気をつけて行きたいところです。

 

初日中は重たいお勤めで、時間もいつもよりかかります。

先ずは登高座。

    伽 陀  「稽首天人」

次、「報恩講私記」

    伽 陀  「若非釈迦」

    伽 陀  「直入弥陀」

  下高座

    伽 陀  「直入弥陀」

と続いてまいります。

これだけでも長い。さすがに覚如上人の報恩講私記は買う超高い名文です。

読むたびに新しい発見と親鸞聖人に対する想いと本願寺を背負ってたつ覚悟と迫力を改めて感じます。

書かれたのは本願寺第三代の覚如上人で、その時の年齢は25歳だそうです。すごい。

永仁2(1294)年。宗祖の33回忌をお勤めするにあたりこのご命日法会を『報恩講』と名づけられました。

そこでお勤めされるための表白文として『報恩講私記』を著されました。そこで覚如上人は親鸞聖人が本願寺の聖人であることを明確にされ、大谷家の先祖ではなく、真宗の門徒の共通の『祖』であることを確認されるために報恩講私記は書されました。

覚如上人63歳の時それまで大谷廟堂と呼ばれた廟所に「本願寺」という寺号を定められ、次第に真宗の門徒の中で優位に立ちたいという願望が芽生えていったと言われています。覚如上人の本願寺中心主義が強すぎて、しだいに東国の門徒たちから反発を受けていったと言われています。

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報恩講 準備最終日(荘厳)

準備最終日は荘厳です。

これまで準備してきた仏具類を所定の位置に置き、仏前を整えます。参詣席や玄関・御拝口・参道なども掃除をし、五色幕などを張り、明日を迎えます。全て済むといよいよ法要が始まるという感じがしてきます。とりあえずここまでの一週間お疲れ様でした。これからが本番です。

ここまでして報恩講をお迎えするのはそれだけ報恩講が特別な法要であるということを表しています。日本全国の真宗寺院がそれぞれ様なざまな工夫をして伝統ある報恩講を代々お勤めしています。どのお寺のご住職・坊守さんも「報恩講は大変!」という声を聞きますが、それだけ真宗の御門徒が親鸞聖人を大事にしているということの現れだと思います。それと大変なことは大事なことですね。それだけの人々の手を借りて勤められる報恩講なだけに大事なものがあるということでもあるのでしょう。そうして門徒総出で報恩講をお勤めするとこによって機運が高まってくるということもあるのでしょう。しかし、一方では昨今の事情を考えると、そう悠長なことを言っていられないのも事実でしょう。この状態がいつまで続けられるか毎年不安を抱えています。

御華束と餅つき

御華束(おけそく)とは、餅のお荘厳をいいます。

R5315321.JPG餅つきやお華束は、あえて昔ながらの製法で行います。集まっていただくご門徒さん方にはいつもお世話いただいてます。

これだけの人の手によって親鸞聖人の御仏事をお勤めするのは大変なことです。

まず、蒸した餅を棒で伸ばします。餅がさめる前に素早く伸ばさないと伸ばしてもすぐ元の形に戻ってしまい、均等に伸ばすことができなくなります。まさにスピード勝負です。見ているよりも案外に大変です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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棒で伸ばした餅を40人くらいで大小合わせて5700個ほどくりぬいていきます。これでも内陣の荘厳の関係で随分と最近は数は少なくなりました。かつてはお華束の数がもっと多かったですから、以前より1000個ほど減っているのではないでしょうか。

ここではかなりシステマチックで誰でもできるようになっています。

 

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お華束つくりは、それぞれのお寺で様々な方法で作られているようですが、萬行寺の方法ではくり抜く分、無駄も多くでます。しかし、正確さと効率を考えるとこの方法が一番いいようです。それぞれの道具はご門徒の家具職人さんが作ってくださいました。これらはお寺の大切な財産です。

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一つ一つ串にさしていきます。報恩講は「須弥盛り華束」といって一列に挿していきますが、萬行寺の御華束は「杉盛り華束」といって交互に刺していく方法は平常時の荘厳なのだそうですが、この方式をとっています。

 

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土台はご門徒の各職人さんに作っていただきました。真宗本廟まで見学に行って研究した成果です。

これがなければ御華束はできません。これのお陰でキレイな御華束が立てられます。

おおよそ形が出来上がりました。

餅が乾燥する前に手早く刺さなければ、乾いてしまって体と形を整えられなくなり、大変です。かといって、あまり早く刺してしまっても柔らかすぎると潰れてしまい、串に刺した餅の重みで隙間が空いてしまいます。これではいくらあっても足り無なくなります。乾き具合のタイミングは慣れないければ難しい作業です。また、その日の温度などによって出来栄えにも影響します。

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最後はみかんの産地、長与町の塩床から毎年みかんをいただいて盛ります。形は完成。あとは色付けをして完成です。

 

報恩講 おみがき

報恩講の準備は「おみがき」から始まります。おみがきは法要の前に仏具を磨き、キレイにして如来さまをお迎えする仏事です。

現在、萬行寺では年に4回のおみがきを各地区の当番でお願いしております。それでも煤や埃などで結構汚れています。今回は報恩講ということもあり、お荘厳の仏具はフル装備なので数も多く大変です。今回の担当地域は左底・久留里・野田の3地区です。